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イタ車教祖の言いたい放題!
QUICK TRADINGのボス、寺島の日記です。

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これは誰?

これは誰??
 またまた訳の解らないメール飛んできたのじゃな!!
この人も知らないのALFA乗ってるんだったら知っておいて欲しいのだ
やっぱりショールームの写真にコメントを付けておくべきじゃったかな!!いやいや、教祖はシャイだから?何気にそっと飾っているのがすきなのじゃな?
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ナニーニーとツーショット!
ALESSANDRO NANNINI ALFA 155 DTM V6 T1を盟友のNICOLA LARINIと共に当時ドイツで行われていた、ツーリンガー選手権レースの最高峰DTMに新生ALFAの象徴としてレースデビューし輝かしい実績を残した人物なのじゃ!

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”ALESSANDRO NANNINI”  実筆サインの記念写真、教祖のお宝なのだ!

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”NICOLA LARINI” 実筆サインの記念写真、教祖のお宝2、欲しいじゃろー!教祖とのツーショット写真なら考えるのじゃが!!何 いらない

 ナニーニはかっこ良かった!
ナニーニは1986年からF1パイロットになり3年後の1989年日本グランプリでF1初優勝を遂げている。1990年ベネトンからF1最高峰のフェラーリと移籍交渉中に運命の飛行機事故に遭いF1パイロットとしての生命線をたたれてしまう。
飛行機事故といっても他人が操縦していての事故なら不可抗力でどうしようもないが、自身が操縦するヘリコプターが墜落しての事故だった!
ヘリコプターにしろ飛行機にしろ、航空機事故で命が助かるだけでも奇跡に近いと思う、何とナンニーニは利き腕である右腕をヘリコプターの回転翼であるロ-ターで切断する重症を負ったにもかかわらず、奇跡の回復をはたしたのだ。その精神力に尊敬と脱帽、凄い

何でナニーニはヘリコプターを自ら操縦したんじゃろう!
彼に聞いてみた答えは素晴らしい、操縦したいから誠に理にかなったお答えじゃった

要するにやりたい事はやる、たとえそれがどんなに危険やリスクがあったとしても。勿論誰だって命は惜しいし、怪我もしたくないのは当然だから、考えられる全ての安全策を施しながら進める、この冷静さの中にある熱い冒険心が何ともカッコよくて素晴らしいね。
F1パイロットもヘリコプターの操縦も、自らがそうしたくて行動し得た結果だ、誰にも命令や指示されてとった行動ではない、勿論、全リスクと責任は自分自身で負わなくてはならない。そんな人生哲学のナンニーニはやっぱりかっこいい-!
ナンニーニの今は元々の家業であったイタリア北部の都市シエナにある老舗菓子店をフランチャイズ化して世界中にナンニーニカフェを展開する実業家でもある、ちなみに日本でも展開していて特に汐留SIO-SITE イタリア街にあるカフェhttp://www.nannini-caffe.com/ristorante/nannini/accsess/index.htmlは特に有名だ!
おっと!!いつの間にか教祖語じゃ無くなって下世話な言葉になってしもうた!反省!

   実は教祖も空を飛ぶのだ!どうじゃ!

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ベル206ジェットレンジャーを操縦する教祖カッコイー( アメリカ/マイアミエアポートにて)
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テイクオフ(離陸)緊張の瞬間!

大空を自由に飛びたい、誰しもが一度は思う憧れの気持ち!!現実の物にするには、ほんの小さな決断だけなのだ!(最近、教祖語では無く、天才バカボンのパパ語になって来てる、怖ーい)
全ての物事は何も行動せずには何も生まれず、何の感動も起きない!!!行動した人だけが受諾できる、大いなる感動の満足感、充実感!たったそれだけ?の為に自分の全てを時には生命まで掛けて行動できる事がどんなに素晴らしく、又、困難な事か、一度は自問してみたいのだ!!と天才バカボンのパパが言っておりました。
さすがバカボンのパパ、F1ドライバーにしろWRCのドライバーにしろ何か一線を越えた人の言葉は重いのじゃな!
おまけ!セナがホンダのF1ドラバーになりたくて、自らセールスした時、チーム関係者を乗せ自身が運転して目的地まで高速道路を走って行く間中、いかに自分が素晴らしいドライバーであるか、いかに自分がチームに貢献できるか、ずーーーーっとセールスし続けたそうです、しかも200km以上高速にもかかわらず、前方を全く見ないで、チーム関係者の方をずーっと見ながら話ていたそうです。
いかにセナのドライビングでも高速で前方を見ないのは、関係者はかなりの恐怖で最後には”御願いだから前みて運転してくれ”話は後でキチット聞くからと言ったそうです。セナは大丈夫ちゃんと見えているからって返事したそうで、きっと彼には横向きでも前方の状況が全て掌握で来ていたのだ、凄い!!
有名な言葉の一つに”コーナーの先に神が見えた”と!!!そして彼は逝ってしまった!

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高度2000フィートからの眺め!
教祖の話も何かハチャメチャになってしもうた!!次回の為に応援メールを沢山送るのじゃ!
良いか、ABARTH信者の方々!




禁断の秘密工場!最終

131ラリーABARTHに搭載されているABARTHエンジンじゃー!!
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実に美しいのう!!!
この頃のエンジンはまさに職人わざ”実に優雅じゃ”ほればれするのう!!
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シリンダーヘッドにABARTHの文字がくっきり!この時代が本物のABARTHじゃ!


秘密工場-2

”教祖は忙しいのじゃ”ちと日本を離れておったのじゃな!今回の修行内容は次の機会にするとして!!!
ABARTHの神殿(ファクトリー)画像を見て沢山の即席ABARTH信者より、応援やハゲ?ましのメールを頂き嬉しく思っておるぞーーー!!中には、出し惜しみしないでもっと見せてくだされ、などと不届きな者もおったが熱心な信者の為に続きを見せてしんぜよーーーーう


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 サービス行う為に整然と並ぶ131ラリーABARTHワークスカー!

足回りの交換作業を進めている131ABARTH!
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足回りはダメージが無くても、当然1レースごとにASSY交換! 勿体ないゴミ箱に捨てた部品でいいから思わず”ちょだい”って言てみたけど、答えはノー冷たく一言そりゃすでしょう当時としては最先端のノウハウが詰まった超極秘パーツだもんね!見せてくれただけでも感謝
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奥側にサービスを待っている車両には当時トップドライバーだった”M/アレンの名前が車輌に書いてある彼とはその後何度もお会いする事になるとは思いもよらなかった!

禁断の秘密工場!

はからずも前回の教祖ブログをみてしまった即席ABARTH信者たちとしては工場の中を”見てみたい”と思うじゃろう。
今回はQUICKのホームページリニューアルというめだたい事もあるので、”ホンポウ初公開”勿体無くも禁断のABARTHワークス工場の神殿を見せるぞー


1970年代初期は131ラリーABARTHが全盛だった、車両は丁度メンテナンスの為フェンダー類がや足回りが外され丸裸のチャンピオンカー、貴重な写真だ!

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30年も経てば絶対に露出禁止の約束も許してくれるだろう、、、、、か!

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当時は車両の軽量化が大変重要なことであり勝敗を大きく左右する要因であった、極限まで軽量化されたボディーはワークスカーの証、ボディ補強をどうするかは当時のトップシークレットだ!

もっと沢山の秘蔵写真があるのじゃが、、、近い時期にギャラリーにのせようと思っておるので楽しみにするのじゃ!!!
もっと見たいかな?<

本当のABARTH

何せ教祖は忙しいのじゃ!!
北に心臓(エンジン)が不調の民あらば駆けつけ更に鞭打たせ?南に足が(サスペンション)麻痺して動けぬ民がいると聞けば行って添え木ならぬ、添えパイプをあてがい、呼ばれれば、アメリカだろうと、中国だろうと、飛んで行く激務なのじゃ、、??
ひえーーーーー!!!
ここは言いたい事を言う、豚?でも無いコーナーなのだ!!!
そもそも、今の世の中ええ加減が出来ん奴が多い、ええ加減は”いい加減”と全く違うのだ、字のごとくいい加減、適度にいい状態の事を言うのじゃ、、私の友人にこの事を力説している変わった(失礼)おじさんがおるのじゃが、JALで国際線パーサーを30年に渡りお勤めした変わり者(失礼)で今は、日本成功学会http://www.3percent-club.com/なる怪しげな(またまた失礼ごめんなさい)の教祖(理事長)をしておる。イタリア車教祖同様忙しいく日々動き回っており、とにかく正解(間違い)政界、財界、あらゆる方々と交流し成功者とな何ぞやと日夜公演にはげんでおるのじゃ。
そんな彼いわく、世の中”ええ加減”な発言が多すぎる、これはそうかもしれない、イタリア車のレース活動やチューニングの事を考える時ABARTH抜きでは考えられないのじや、しかしそのABARTHが何たるかも知らずに、色々語る愚か者がおるのじゃな、何と嘆かわしい!!!
現在のALFA ROMEOがレース活動やレーシングカーの事を話すとき、必ずABARTHの存在があるのじゃな、ALFA CORSEがDTMマシーンを引っさげてドイツのツーリングカー選手権に殴る蹴り?込みをかけたその大将であるジョルジュピアンタは何と、カルロアバルトの右腕だったのじゃ、勿論、エンジン設計やシャーシの設計者たちもかつてのABARTHのエンジニアたちがその持てる技術を結集して出来たマシーンなのじゃな!!
ま、今回は次なる不況(布教)活動があるのでここ迄じゃな.。。。

教祖が修行に日々励んでいた頃の貴重な画像じゃ!(1970~71年頃のABARTH工場/教祖撮影) Abarth工場全景


ABARTHワークスの入口でパチリこれから内部で始まる修行に教祖も緊張気味!(マスコミ取材も制限され内部に入れた者は極限られた人々、実際に当時のワークスに入れた人はジャーナリストも含め日本人では極々少数だった)
Abarth工場本人

黒木 安馬さんゴメンなさーい、日本成功学会の代表を努める黒木さんは国内外を問わず素晴らしいネットワ-クをお持ちの日本を代表する方です。