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QUICK TRADINGのボス、寺島の日記です。

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イタリアからの訪問者!

【 LANCIA STRATOS 】

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数々の傑作と言われる名車を生み出した天才的デザイナー【マルチェロ・ガンディーニ】がベルトーネ社において、後世に残る最高傑作の一つにLANCIA STRATOS があげられます。
1970年プロトタイプタイプが発表されるとその斬新なデザインは世界中の車好きから素晴らしいデザイン、性能に、多大な評価を得ました。

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そして当時のLANCIA社首脳陣はこの素晴らしいストラトスをただのデザイン評価に留めるのではなく実際の走行実験場であるWRC世界選手権に投入してそのポテンシャルの高さを証明したのです。
当時のLANCIAワークスチームの総括責任者であったチェザーレ、フィオリオはWRC用ワークスマシンの開発にあたりベルトーネ社に対し、補修点検が瞬時に行える事が可能な整備性/過酷なラリーステージに耐えられる強固な構造と高い信頼性、特にこの時点での至上命令であった、アフリカ サファリラリーでの使用にも十分可能である事、そしてラリー競技で一番重要な運動操縦性を備えている事を条件に開発を発注しのです。

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この要望の対する答えは、強固なモノコック構造のコックピットと前後に堅固なスチールフレームを結合させ、そのフレームに、エンジンやトランスミッションを搭載し、車体後部は整備性を十分に考慮した骨格とされた、こうした構造により、ストラトスのボディ剛性は当時のF1マシンに匹敵するほどだったという。さらにボディの外板パネルは軽量なFRP製のカウルを前後に乗せる手法で正にラリーの為に設計された車でした。
ストラトスの開発前後の同時期にフィアット社で開発されたFIAT X1/9にも、サスペンション周りの構造は同様の手が採用された、これも当時ベルトーネ在籍のマルチェロ・ガンディーニが設計したものとされています。
そんな素晴らしい車輌を開発して世界に名をとどろかせたデザイナーがいたのと同時に、その素晴らしい車輌を競技に出場して更に競合他社と競り合いLANCIA STRATOS の名声を不動の地位に押し上げた人たちがいます。当時のワークスドラーバーの人々です。彼らは正に命がけでWRC世界選手権ラリーにこのLANCIA STRATOSで出場し数々の栄光をもたらしたのです。

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先日のある日曜日!これからランチタイムでもして、ゆっくり一息いれようかなと思った矢先、、、、イタリアからの友人が突然Quickに来社したのです。

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彼は、1970年代LANCIA のワークスチームに所属して数々の危険なレースに挑戦し LANCIA 社に栄光をもたらしたそのメンバーお一人です。
現在は自動車関連のお仕事では無く、アパレル関係のお仕事で成功なさっていて、イタリアと海外を頻繁に回っていられるとの事でした。
当時の画像など色々と拝見させて頂き、非常に楽しいひと時でした。

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最近は当時活躍したワークスの方々が集まって同窓会をよくしているそうです、そして当時のメンバーでオールドチームを再結成してクラブイベントなどによく出場しているのだそうです。彼の奥さんも実は当時のレディース LANCIA STRATOS ワークスドライバーだったので女性オールド(失礼)チ-ムも再結成されイタリア国内はもとより全ヨーロッパのイベントに出場依頼ありエキシビジョンなどで走行したりして観客を沸かせているのだそうです、大変うらやましい、正に自動車文化の違いをまざまざと見せ付けられる思いでした。

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年齢に関係なく好きな事を一生続けられる事は、なんて素敵なライフワークでしょうか、そしてなにより回りに同様の仲間がいる事です。イタリア車、ドイツ車、○○車などと、くくりをつけて、とかく車のハードな事ばかりが取りざたされ性能や虚栄に満ちたショップのコマーシャルばかりが取り上げられてしまう日本の雑誌媒体にも疑問をいだきます。
本当の車好き、特にイタリア車好きは、単に車のハードだけではありません、逆に言えば性能の数値など、どうでも良いのです、なぜなら自分の大切なイタリア車で本当のレースや競技をやるわけでは無いからです。ALFAチャレンジ、ABARTHカップ、アイドラーズ耐久レースなど全てクラブイベントなのです。国際レース(FIA)の規定をクリアした内容の開催レースであって初めて公平でクリア-なモータースポーツができるのです。 
そのような国際規定のレースに、一ショップや個人が出場して自動車メーカーのワークスチーム相手に戦って競り勝った時にこそ、初めて公にレースやハード(エンジンなどの性能)の事を語れるものです。最初から戦わずして大口だけ物申すは残念な文化と言えます。
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【 彼が実戦で戦っている時の貴重な写真 】


今回わたくしごときにわざわざイタリアから合いにきて頂いた事は本当にうれしくおもいます、40年近くイタリアの方々との交流で友人、知人がいればこそ、お互いに気使っていただける事と改めて感謝いたしました
本当のイタリア車の極意は、どんな車であろうと人が作りだした一つの文化が詰まっています、そのソフトの文化に何処まで自分が共感し賛同できるかが最終的な答えのような気がします。教祖もまだまだ修行がたりません、かれらのように一生涯の自動車ライフワークができたら最高の喜びかもしれません。
最後に、今回彼が大事なメッセージを携えてきて頂きました、イタリア車が好きな方なら誰でも絶対に知っている、アルファ・コルセ(Alfa Corse)の総指揮を取ったジョルジオ・ピアンタ(Giorgio Pianta)氏が病気で倒れて入院しているそうです、年齢的事も考えると本当に心配です。
Quickで大切に保存させて頂いているALFA ROMEO DTM チャンピオンカー はピアンタ氏が生涯で最も大時に思いいれのある車両だそうです、DTMのボンネットには今もピアンタ氏が直筆で書かれたサインが大切残っています。今回写真を沢山撮っていき、イタリアに帰ったら、ピアンタ氏が入院いている病院で見せるそうです。
早くお元気になって頂きますよう、心からお祈り申しあげます。

PS:彼の靴はとってもおしゃれ!トリコロール(イタリアン)カラーでした!

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イタリア車 教祖
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