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QUICK TRADINGのボス、寺島の日記です。

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小林彰太郎 お別れの会

小林 彰太郎 お別れの会 2013年12月19日

本年10月28日 逝去されました、小林 彰太郎さんの”お別れの会”に行かせて頂きました。
12月19日(木曜日)都内、パレスホテル東京「葵」においてしめやかにとりおこなわれました。

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1929年11月12日 がお誕生日でしたのですが直前の逝去でした、亭年83歳。
正に日本の自動車雑誌を一から切り拓いたパイオノアであり日本の自動車産業の発展に少なからず影響を及ぼした方と誰もが認めるはずです。
CG(カーグラフック)の創始者であり、エデター/モータージャーナリストとしては余りにも有名であり、車好きの方なら一度はそのお名前を聞いた事があるはずです。

現在のCG(カーグラフック)を率いていらっしゃる加藤社長は永年、小林 彰太郎さんとCGを作り上げてきた方ですが、会場で頂いた、お礼状には次のように記していらっしゃいました。

「天寿を全うする」
この語句の正確な意味の用法も、実は恥ずかしながら知りません。
しかし、もしただ単に長生きするだけでなく、神に託されて使命を果たしたうえで天に召されることことを意味するのであれがば、CAR GRAPHICの創始者である小林 彰太郎名誉編集長は、まさに「天寿を全うした」というに相応しい人生を全速力で駆け抜けました。
幼少の時分から最大の情熱の対象であった自動車にのめり込み、エディター/モータージャーナリストの立場から理想的雑誌作りに邁進し続けた生前の姿。それが結果的に世界の、とりわけ日本の自動車産業の発展に影響を及ぼした事は間違いありません。

しかし人間、小林 彰太郎を衝き動かすその根底にあるのは、計算高いプロフェッショナルリズムでも、ましてや生臭い野心でもなく、読者に寄り添ったアマチュアリズム、子供のように純粋な好奇心と興味でした。故人のキャリアの半分を、傍で過ごしてきた私はそう固く信じています。
メディアをリードする者として常に襟を正し続けて高潔な進士は、それゆえ扱い難い一面を有した人でもありました。
あまりに理想主義的であるが故、時に頑固過ぎると感じる場面があったことも否定しません。

しかし同時に小林 彰太郎が高く掲げたこのスピリットこそがCGの原動力であり続けたことも事実です。
CGは時に破天荒で型破りだった故人の人生の縮図ともいえます。今後も我々はその精神を永遠に受け継いでいく所存です。
株式会社 カーグラフック  代表取締役社長 加藤 哲也


と結んでいらしゃいました。

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小林 彰太郎さんとはQuickを始めたころからのお付き合いですで、何と40年近い年月が流れたわけです。
また、純粋にお仕事のことだけでは無く、私自身がお世話になっている”ヘボス”での走行会にも何度となくご一緒させて頂き、サーキットをなどの走行をご一緒させて頂きました。そして走行会の前日は決まってホテルに泊まり、全員でお風呂、食事がきまりです、その後の飲み会は決まって車談義に熱が入り、たまにはアルコールの勢いもあって激論を交わす事も、たびたびでした。
メンバーの皆さんがとても強面なので、、、ポルシェミュージアムを作られた松田さん、ギャラリーABARTHの小坂さん、ガレージイタリアを作られた林さん、旺文社のオーナー赤尾さんポルシェクラブの会長をなさっていた小林さんポルシェのチューニングを日本で最初に手がけた中島さん、また富士スピードウエイでレース時の緊急対応で待機する、サーキットドクターだった矢島先生などお名前をあげれば上げればきりがありません。
また海外からも友人を招いてこのヘボス走行会に走って頂いた事も多々ありました、そんな中でも彰太郎さんは、持論を人に押付けずしかし自分の主張は絶対に曲げない、そんな楽しい時間が流れていた事を懐かしく思い起こしておりました。

また、ある時は大磯ロングビーチの駐車場でLANCIA クラブのミーティングがあった時に偶然、お会いした事がありました。ミーティングは宴たけなわでクラブ員の人達がイベントの真っ最中でした、その様子を高台の駐車場からじっと眺めて微笑んでいらっしゃいました、私もご一緒させて頂き、クラブイベントを目立たない場所から楽しませて頂いた事があります。

決して、奢らず、ご自身が目立つ事をせず、一人の車好きとしての目線で見ていらっしゃたと思っております。
何て素敵なことでしょう。そんな彰太郎さんは尊敬できる素晴らしい先人でした。
本当に残念なことなのですが、この現実を受け入れ、教えられた数々の知恵を理解できるよう頑張っていきたいと思っております。
本当に全力、全開の83年間、おつかれさまでした、安らかにお休み下さい!

寺島 誠一


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